2006/06/24

サッカー日本代表

86年 木村和司のフリーキックに夢を見た
90年 は憶えていない
94年 アメリカ大会予選、座り込んだラモスの背中に無念を知った
96年 オリンピックでブラジルを破り
98年 フランスで初めて本大会の芝を踏んだ
00年 シドニー五輪でベスト8、世界との距離が一気に縮まり
02年 自国開催。グループリーグ突破も不完全燃焼に終わる
06年 グループリーグで敗退。夢のようなチームが夢のまま消えた。

サッカーを始めた頃、W杯の存在を知らなかった。
日本代表を応援し始めた頃、W杯とは予選のことだった。
幸運なことに3回も本大会に出場できた。
ジュール・リメへの道はまだ遠い。

前園が消え、カズも去った。
城も伊東ももう代表には戻ってこない。
中田・川口はいつまで現役でいられるだろうか。
俺らの世代のサッカーはもうすぐ終わる。

幸せな日々だった。
もう戻ってはこない。

ブラジル戦

さ、勝負だ。

2006/06/15

Macの小技

林囓より

☆ 同種のアプリケーションウィンドウをDockへ一括収納
通常アプリケーションウィンドウをDockへ収納するときに、ツールバーをダブルクリックするのはみなさんご存じでしょうが、Optionキーを押しながらこの動作をすると、同じアプリケーションのウィンドウを全部 一度に収納することができます。
Optionキー+ツールバーをダブルクリック


☆ ファイルを開いたままの複製、エイリアス作成
ファイルを開いたままウィンドウ上部のプロキシアイコンをドラッグすることで、任意のフォルダに移動することができます。
この時Optionキーを押すとコピー(複製)になります。


☆「情報を見る」の状態で他のファイル情報へ切り替える
Finderのメニューバーから「ファイル」をクリック(プルダウン)して、Optionキーを押すと「情報を見る」が「インスペクタ」に変わります。
この状態で表示させると、矢印キーを押すことで他のファイルやフォルダの情報へ次々と切り替えることができます。(Optionキー+コマンドキー+「I」でもOK)
(他にも変わる項目がありますのでお試しあれ)


☆ エイリアス(Windowsでいうショートカットアイコン)を作成
任意のファイルやフォルダをOptionキー+コマンドキーを押しながらドラッグするとエイリアスを作成することができます。

(頭文字Sさん ありがとうございました)


☆ テキストクリッピング
例えば、Webサイトでメモしておきたい文章などを選択してデスクトップへドラッグすると「テキストクリッピング」というファイルが作成され、テキストの内容を保存することができます。

2006/06/14

くやしくなる画像

http://2log.blog9.fc2.com/blog-entry-1017.html

復活

ようやく傷が癒えた。
まだまだあきらめない。

日本がクロアチアに勝って、ブラジルがオーストラリアに勝てば、
ブラジル戦が最高に面白くなるんだから。

2006/06/13

CASSHERN(キャシャーン)はもっと評価されていい

ちょうど今日TVでキャシャーンを放送していたので、前に映画館で見たときに思わず書いた感想を再掲。

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最も感嘆したのは、ラスト。
というか、ラスト5分のために、退屈な2時間30分の前振りがある。
だが、この退屈でお尻の痛くなる2時間30分があるおかげで、ラストの凝縮度・速度がものすごい。

1〜2分くらいの間にものすごいスピードの中で
カラマーゾフのイワンとアリョーシャの対話を展開しながら、
すべての伏線の意味をつまびらかにし、
敵のボスに絶望の中での死をあたえ、
答えられない問いを問いかける。

キャシャーンは現代の仏典である。
エヴァはLCLの液体の中で皆が溶け合い、ひとつになる極楽の1つの形を
提出したが、キャシャーンが提供したのは
液体の中で常に復活し続けてしまう地獄の世界。

復活を前提とした輪廻転生の世界の中で
終わらない戦いの連鎖をどうやったら断ち切ることができるのか。

安定をもたらすシステムによる抑圧を禁止し(アメリカ・イスラエル)、
愛するものを奪われた憎しみによる戦いを禁止し(テロ)、
愛する人のために生きることを禁止し(家族)、
抑圧される者たちの救済を禁止し(キリスト?)、
その上で、なすべきことはなんであるかと、
キャシャーン(我々)は問われる。

キャシャーンがやらねば誰がやる!
そんなこと言ったって、そこまで禁止されてキャシャーンにいったい何ができる?

映画は、残念ながら安直な答えを提示して終わる。
いわく、
「人間は生まれ、存在するだけで他人に迷惑を与える」
「だから、まずは他人が存在することを許さなくてはならない」
「人がお互いに許しあうことで、はじめて世界は穏やかに回り始める」

はっきり言って、ダメダメである。
ま、といっても、そのひとつ前の段階で、
「愛する人のために生きる」というもうひとつの安易な答えを否定した上で、さらに次を探っているので、この終わり方は単に原作による制限なのかもしれない。

ただ、このような安直な終わり方をしてもなお、この映画の価値は減じられることはない。
なぜなら、その答えはありえない、ということを映画自身が証明しているから。
この映画の中では、この答えにかかわる伏線だけが常にリアリティのない演出で表現される。
というか、どうやったとしてもリアルでありえない状況でしか「赦し」は行われない。
それは、奇跡として、または信仰としてのみ許されている行為である。
その奇跡を奇跡でないものとして描くために、映画は最後にキャシャーンとその恋人の間に、希望という名の子供が生まれた、としてラストを飾る。

もちろん、そこで生まれるものは希望でなどありえはしない。
そこで生まれるのは絶望であり、その絶望のために彼らは輪廻の輪からはずれて永久に消滅する悟りの道を見出す。

エヴァは「逃げちゃダメだ」と叫んで、LCLの海から陸(現実世界)に戻り
キャシャーンは「逃げろ」と叫び、輪廻の海から宇宙(そら)へと逃げ出した。

少なくとも、今、キャシャーンが問われた問いに対する答えは悟りの道しか存在しないだろう。
だけど、さらにうがって見れば、その悟りの道でさえ実際にはお話の中にしか存在しない(キャシャーンはSFである。現実ではない。)。

アメリカがあり、イラクがあり、イスラエルがあり、パレスチナがある。
愛する人がいて、殺される人がいて、殺す人がいる。
少なくとも我々が生きるこの世界でキャシャーンの問いは有効だ。
そしてその問いに答えることは今の俺にはできない。

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追記:
キャシャーンは反戦映画として見てはいけない。
反戦映画として見てしまうと、かなり糞だ。
般若心経みたいなものとして見た方がいい。

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ちなみに、キャシャーンはかなりエヴァを意識していると思う。
エヴァとは正反対だけれども。
# エヴァの「逃げちゃダメだ」に対してキャシャーンの「逃げろ」
# エヴァの「LCL」に対するキャシャーンの「新造細胞」
# エヴァのラスト2話に対するキャシャーンのラストシーン
# エヴァのキリスト教に対するキャシャーンの仏教

俺の感想は、「やっぱりイエス・キリストは仏教徒だよな」ってところかな。