2007/11/08

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(DESCRIPTION…はtnsname.oraに設定する文字列と同一。

2007/09/29

9月24日 ピピ島

10日目:最後の別れ / ティミ出発の朝。宿の人たちに別れを告げる。
ション・プーチはまだ起きていない。朝方、激しい雨が降ったがもうすぐ止みそうだ。
港に着くと、ティミが何かを待っていた。彼女とは昨日会えなかったので、別れを言う機会ができて良かったと安堵する。短い別れを交わし、フェリーに乗って出港を待っていると、しばらくして彼女が少し戸惑いながらやって来る。
実は彼女も、イミグレーション・オフィスで滞在期間延長の手続きをしにプーケットに行くのだと言う。
彼女につきあってイミグレーション・オフィスに。なかなか場所が分からず、ついたときには昼の休憩時間。

再開を待って彼女は手続きを、俺は日記書きを。彼女はどうにか無事、手続きを終えた。街の中心部で土産を買うのに付き合ってもらってから、彼女の帰りのボートのチケットを入手するつもりが、イミグレから街の中心部までの道がまた分からない。2人とも歩き疲れていたので、タクシーを拾う。タクシーといっても少し大きめのスクーターで、それに3人乗り。何がどう間違って伝わったのか、タクシーはまず港に向かった。3人乗りでもなかなか安定していて、運転手と俺の間に挟んだティミの感触も心地言い。結局、港で彼女を下ろし、俺はまた街に戻ることにした。

1人きりの状態から始まった旅は、寂しい疎外感につつまれていた。モンスーンが一時的に癒してくれたが、雨が止むとまた1人。それがいつのまにか、ヅーン、ステファン、クリスティナと出会い、ション・プーチやキム、ドナとアリー(と一応サトシ)、ジャッキー、そしてレナにティミ、といつの間にかいろんな人に囲まれていた。旅が終わりに近づくにつれて、1人、また1人と別れを告げる。そして、ティミと別れた俺は、また1人に戻る。疎外感はもうない。寂しいけれど、最初の頃とは違う寂しさだ。終わらない旅は旅じゃない。短い旅だし、最初から終わりの見えていた旅だ。だけど、そんな足袋の中にも、終わらずにずっと続き続けるものはあるだろう。

また、いつか、それに再会する日がきっと来る。

9月23日 ピピ島

9日目:別れの時へ / レナ今日はピピ島最後の日。明日の朝にはここを発ち、プーケットから日本に向かう。

昨日はマヤ湾から戻った後、シーフロッグで下働きをしていたジャッキーと会い、2人で夕食に。そしてそのまま飲みに行くことに。彼はミャンマー出身で、イギリス、マンチェスターで少し働いた後、ここにやってきた。パスポートを5年前に失って、違法移民となり、今では毎月3000バーツを警官に払い黙認してもらっている。5ヶ月ほど前、1ヶ月間ピピ島に来ていた日本人女性と恋仲になったが、彼女が日本に帰ってから連絡が取れなくなった、という。アドレス帳を見せてもらうと、ケータイの番号で、しかも数字が1つ多い。わざとか、間違いか分からない番号だ。それに日本の国債番号がない。これでは連絡が取れないのも無理はない。とりあえず、日本に戻ったら彼女に連絡をとってみて、可能だったらお互いの連絡先を教えることにした。彼は喜んでいたが、なぜか食事は俺のおごりだった。ま、いいんだけどさ。

今朝はゆっくりして、昼前にインターネット屋でション・プーチの調べ物をしていると、ジャッキーがやってきて、一緒に食事。食後、別れて土産を探す。特にこれといったものはない。娘の島は、生活自体が素晴らしいのであって、モノはそうでもない。途中、シーフロッグによってレナたちに別れの挨拶を。そこで、母への土産にトムヤムクンを買いたいが言い方法はないかと聞くと、それならピピ島のレシピを書くから、必要なスパイスだけ買っていけばいいと言う。確かにそれはいい考えだ。もちろん、日本にもレシピはあるけど、世話になった人からもらうレシピというのも乙だろう。料理の得意なスタッフが戻ったらレシピをもらうことにして、とりあえずバンガローに戻る。

プールで人泳ぎ。シャワーを浴びて、タイ・マッサージやに。最後のマッサージはいつもより長く、丁寧に。気がつくと3人の女の子が周りを囲んでいた。誰が一緒に日本に行くか、一議論。いつもマッサージをしてくれる娘はしずかにそれを聞いていた。

マッサージ後、再びジャッキーと会い、夕食。また彼女への思いをずっと語り続ける。何度も、彼女は太っていて美しくない、というのが印象的だ。それでも彼女を愛している、と。語りが長いので適当なところで切り上げて、バンガローに戻る。

そこではション・プーチと宿のスタッフが食後の晩酌を楽しんでいた。俺もまざって一緒に飲む。
他の旅行者がいないのと、多くのスタッフがあまり英語を話さないため、ほぼタイ語での会話。カヤックの話をしているのかと思えば、実際には洗濯機が故障した話だったり、プーケットの話をしているのかと思えば、パンガンの話だったり。オセロとチェスを足して2で割ったようなゲームを教えてもらい、ション・プーチ斗勝負。最初は勝ったり負けたりしていたが、途中から彼が本気を出すと、全く勝てなくなった。簡単に見えるが結構奥が深い。何度も挑戦し、ようやく勝ったところでお開き。

宿を出て、辺りを散歩する。星がちりばめられた空に、街のほのかな明かりで浮かび上がるヤシの木。静かな海岸でたまに出くわすファイヤーダンス。街はまだ飲み歩く旅行者で活気が残っている。
最後はやはりサンフラワー・ビーチバーに。もうすぐ終わりの時間で、客はだれもいない。1人、海に向かって飲んでいると、バーのオーナーがやってきた。ベン・サンフラワーと名乗るドレッドヘアの男。目が少しイカレテイル。ピピ島の狂人と呼ばれているらしい。彼は津波で家族を無くした。イングランドから来て、ここで出会った奥さん。一緒にサンフラワー・ビーチバーで働いていた。彼は奥さんが亡くなった日の、彼女が死んだ時間を覚えていた。そのとき彼女は、こうやって俺の胸の中で死んでいったんだ。何年何月何日の何時何分だった。その時間に、こうして彼女は俺の胸の中で死んでいったんだ。やあ、マレーシアへようこそ。……違う、ここはタイだったな。ベンは何度も繰り返す。やあ、マレーシアへようこそ。なんだ、お前は泣いているのか?
当時のサンフラワー・ビーチバーは津波で流された。バーを再建したとき、彼は少しバーの位置を移動した。サンフラワー・ビーチバーの裏手には津波の犠牲者のための小さな記念公園がある。

干潮で遠浅の海がずいぶんと遠くまで引いていた。残りのビールを海に捧げに沖に向かって歩く。戻ってくると猫が切り株に座って、海を眺めていた。彼は何を見ているのだろうか。バーではいつのまにかハッピーバースデーの曲が流れている。

日本に戻るときが来たのだ、と俺は小さくつぶやいてみた。

9月22日 ピピ島

8日目:ダイビング3今日はダイビングの日。7時に起きてショップに向かう。トロピカル・ガーデンからだと少し遠い。ティミはすでに来ていた。今日は前回と違うポイント。1回目のダイブはビダ・ナイ島。今回はティミもパニックにはならず、いい感じ。俺は耳栓を忘れたが、特に問題なかったのでそのままダイブを続ける。今日は波もなく、水中の透明度も素晴らしい。魚が大量に泳ぎまくっていた。いくつもの魚の群れをくぐりながら水中散歩。ティミはタンクの空気が少なくなったので、途中で他のチームと一緒に浮上を始める。レナと俺はそのまま続行。しばらく水中散歩を続け、浮上のために水中5mのところでセーフティ・ストップをしていると、近くをブラックリップシャークが泳ぎ始めた。素晴らしい。
2回目のダイブは俺とレナだけ。ティミは午後のロック・クライミングに備えて休憩。今回はより落ち着いて潜れ、瞑想の度合いも深い。今度のポイントはサメが多い。何匹かのサメが群れて泳いでいた。1時間ほど潜り、セーフティ・ストップ。今度はウミガメが海面に向けて泳ぎ上がり、また潜っていく。
この旅ではこれが最後のダイビング。もっとずっと水中にいたいが、これからはいつでもできる。ライセンスを取ったのはいい考えだった。これでまた1つ、自由になったのだから。

ひる名刺はピピ島の中にあるイタリアンレストランで、ビーフ・ステーキ、という1人多国籍料理。ま、たまにはこういうわけ分からん料理もいいだろう。味はやっぱりタイ料理の方がいいけれど。
さて、そろそろ一眠りに戻ろうか。

一眠りのつもりが、結構眠ってしまった。夕陽に間に合うだろうか?
マヤ湾は「ザ・ビーチ」の舞台になったところで、もともとピピ島に興味を持ったのはこの映画が発端だ。昔からロビン・クルーソーや十五少年漂流記、蝿の王など、無人島ものの小説や映画が好きだったが、ザ・ビーチは主人公たちが自ら求め、たどり着いて、そこでヒッピーたちが作り上げた楽園を見つける。それは俺にとっては1つの理想で、昔から求めている夢。最後にはその楽園が儚く消えてしまうとこまで含めて、本当に it sense me な話だ。
マヤ湾で夕陽を見ずに帰るわけにはいかない。マヤ湾にいくには1日スノーケリング・ツアーやサンセット・トリップがあるが、今回はボートタクシーで行く。3時間1000バーツとちょっと高いので、本当は誰かとシェアしたかったが、時間もないし、仕方ない。1人で行くことにする。
海岸でボートを探し、乗せてもらう。ロング・テイル・ボートは小型の木の船で、船尾にバルカン方のようなスクリューがついている。銃身を振るような操作で、船をコントロールするのだ。今いるピピドン島から、マヤ湾のある無人の島、ピピレイ島まで約30分。強い波に揺られながら娘の島での生活に思いをはせる。
多分このまま続ければ、俺はいいダイブマスターになれるだろう。もう少し長く住んでいれば英語もましになって、ダイブインストラクターになるのも無理なことではない。ダイブマスターだけでも住むには十分だし、インストラクターならもっと金になる。ネット上で何か言いサービスを提供できて、Google Adsenceで多少の金が手に入れられるようになれば、もう何の問題もない。親を日本に置いたまま離れるのは少し心配だが、何かの時に帰れるだけの貯金を作れればなんとかなるだろうか。チャットもあるし、連絡に問題はない。友達は、友達はどうすればいいだろう。今はそれほど頻繁に会うことはないが、彼らに会えなくなるのは辛い。彼らに泊まる場所を提供できれば、年に1度くらい遊びに来てくれるだろうか……。

マヤ湾の夕陽は美しかった。本当に死ぬほど美しいと思った。

こうして、1人、物思いに沈むことは長いことなかった気がする。なぜ、いつのまに、俺はそれを忘れてしまっていたのだろう。

9月21日 ピピ島

7日目:ドナとアリーと(さとしと)夕日旅の残りが少なくなってきた。良く考えるとまだやっていないことがいろいろある。ビューポイントへの散歩。ビーチで海水浴……ここに来てまだ昼のビーチで過ごしたことがない……。そして、忘れてはいけないのがマヤ湾。映画「ザ・ビーチ」でマヤ湾を見てここに来るのを決めた身としては、マヤ湾だけは見ずに帰るわけにはいかない。クリスティナとステファンもいってしまったことだし、今日は1日、観光の日にすることにしよう。そういえば11時にトロピカル・ガーデンで仕事のアポが会ったな。今日は仕事と環境の日だ。
ステファンはマヤ湾にいくなら、ロング・テイル・ボートをひろうのがベストだと言っていた。レナは、いくなら午後にしろ、そうでないとプーケットからの観光客で一杯だからと。マヤ湾は日が落ちるちょっと前にロング・テイル・ボートで行くことにしよう。まずは仕事を片づけて、ビューポイントまで散歩し、あとは夕方までビーチで本でも読んでいるか。


結局のところ、今日は1日中、魂の抜かれたような日だった。
ビューポイントには一応行った。仕事はしなかった。しばらくトロピカル・ガーデンのプールで泳いで、ション・プーチの手が空くのを待っていたが、彼は忙しいのか忙しくないのか分からないような動きで、暇になったら呼べといっても、急いでないから好きにしてたらいいという。言葉に甘えて、ロ・ダナム・ビーチに。サンフラワー・ビーチバーでビールを飲みながら読書をしつつ、眠りに落ちてゆく。一眠り後、少し泳いでまた眠る。近くのビーチ・バーで一服。サトシという名の日本人に会った。
しばらく話していると、彼とピピ島行きのフェリーで一緒だったドナとアリーが合流。ドナはアフリカのモーリシャス諸島出身で、アリーはアメリカ人。2人ともタイの大学に在学中で、週末を利用してピピに来た。4人で飲みながら時を過ごす。いつの間にか辺りは夕暮れ、夕陽が島の向こう側で焼けている。
そのまま飲んでは眠り、眠っては飲み続ける。ビーチを引き上げたのは結局10時過ぎ。アリーは見かける人見かける人にサワディカー、コープンカーと話しかける。まるで長後にいた頃の恭子のようだ。サトシは夕陽が落ちた頃、いつの間にかいなくなっていた。

9月20日 ピピ島

6日目:ダイビング2、シーフロッグの皆と6時半に目が覚める。軽い頭痛。きっと昨晩のマイタイのせいだ。この体調でダイビングは大丈夫だろうか?
大事を取るため、もう少し眠る。7時20分に起きた頃には大分良くなっていた。身支度してシーフロッグに。今日はロック・クライマーのティミも来ていた。彼女はファンダイブで、一緒にバディを組むことに。昨日は波も穏やかでいい天気だったが、今日は波が強く、潮の流れもある。ティミはポイントにつくまでに船酔いしてしまっていた。なんとか持ち直して海に飛び込んだが、レギュレーターの出が少ないのにショックを受けて、パニックに。レナがなだめ落ち着かせて、レギュレーターのかわりにAlternative Sourceを使うよう指示し、潜水を開始。海底で再度ティミを落ち着かせようとしたが、今度はBCDが動かないとパニックに。よく見てみると排気用のボタンを押しながら、BCDが吸気しない、と焦っているようだ。それに気付いたレナが吸気用のボタンの場所を教えてパニックを収める。ティミが落ち着くのを待って移動を開始。泳ぎはじめたら、ティミも完全に落ち着いた。
一応、ティミを2人の間に挟んで何かの時に備える。少し緊張したが、これもダイビングの1つ。いい経験だ。昨日は中性浮力のコントロールが難しかったが、気がついたら今日は美味くできている。ティミに気を取られてBCDをあまり触らないでいたのが良かったようだ。多少の上下運動は自分の呼吸でコントロールできることも分かった。
上に行きすぎると、BCD内の空気が膨張し、より浮力を得て上昇が加速され、逆に、下がりすぎるとBCD内の空気が圧縮されて浮力を失い、下降速度が加速する。
上昇しすぎたときは、息を吸いながらBCDを排気し、下降しすぎたときは逆にすると上手くいく。気がつくと、ほぼ自由に動けるようになっていた。
最初のダイブを終えて、休憩。並はまだ強く、ティミともう1人の女の子がまた船酔いを起こした。
横になって遠くを見るようにしていたが復活せず、ティミは2度目のダイブを取りやめた。俺は特に変化なし。前に遊と奄美大島に行ったときも、遊がトイレに閉じこもって出てこないにもかかわらず、俺の方はジェットコースターのような感覚を楽しんでいた。人間的にどうか、というのはおいておいて、船酔いしづらい体質なのかもしれない。
2度目のダイブは、結局俺とレナの2人ですることに。コンパスを使って、ナビゲーションやControled Emergency Swimming Ascentの練習をしてから、井戸迂回し。今度のダイブでは、ダイブ自体については何も考えていなかった。体が無意識に中性浮力をコントロールし、ただレナの足ヒレを視界にいれて、足をゆっくり動かすだけ。
高校の思い出や大学での生活を思い出していた。これまでしてきた事と今の自分について。いろんな思考が浮かんでは海底の景色とともに過ぎてゆく。
そのうち、何も考えずになんとなく通り過ぎてゆく海底を横目に、深い沈黙がやってきた。
ダイビングはまるで瞑想のようで、体が海に溶けて無くなり、ぼんやりとした意識だけがあたりをたゆたう。……気がつくと終わりの時間がやってきた。空気はまだ十分に残っている。呼吸すらも意識せずにいたからだろう。昨日のダイブは技術の習得や浮遊感を楽しんだ。今日の1stダイブは緊張感の中で、次第に体が自由に動くようになるのに進歩を感じた。でも、この最後のダイブは全く違った。ダイビングの中でダイビングを忘れた。
港に戻ってから、そのまま最終試験。問題を飛ばしたり、意味を間違えたりして大分ミスがあったが、何とか合格。晴れてオープン・ウォーター・ダイバーに。これでいつでもあの感覚を得にいくことができる。俺の場合、多分場所はどこでも構わないだろう。魚を見るのはちょっとした横道に過ぎず、それ自体は目的じゃなくなったから。もともとは空中を飛んでいる感覚を得るのが目的で今回のコースを受けたが、それよりももっといいものを見つけることができた。
ティミと明後日一緒にダイブする約束をして、部屋に戻る。思ったよりも疲れていて爆睡。午後になってもそもそと動き出す。まずはOWDのライセンスカード用の写真を撮って、コースの代金を払うことに。途中でティミが食事を探しているのに遭遇。これが小さな島のいいところだ。いつでも知り合いに会うチャンスがある。ティミと連れ添って店を冷やかす。写真を撮り、出来上がり待つ間に一緒に食事に行った。市場でティミはチキンの焼いたやつ、俺はナマズを焼いたやつを購入。ビニール袋入りのライス付き。近くの店で、シェイクを注文し、そこで食べる。ここでは持ち込みは普通のことのようで、逆に持ち込み禁止の看板をわざわざおいてある店があるくらいだ。

ティミはロッククライマーで、ハンガリー出身。しばらくの間、ロンドンで仕事をしていたが、街並の中で時間に追われ、知人、友人が自宅や彼らの身内の社会に戻る中、1人、異邦人としての孤独を抱えるうちに、自分が全く幸せではないことに気付いた。人生を変えなくてはいけないと決意し、山に戻る道を探し出す。旅をしながら、ダイブマスターやロッククライミングのインストラクターの食を探しにタイへやってきた。3ヶ月の間、いろいろ歩き回り、今はここピピ島にいる。ピピ島の回りにもロッククライムのポイントがあり、島には2件、観光客用の店がある。今はその片方に手伝いを申し出ており、彼らが調整するのを待っているところ。
もし俺がダイブマスターになったらどんな生活が待っているだろうか?今の生活で本当にいいのだろうか?俺の人生のアンカーはまだどこにも固定されていない。ただその重みで動かないでいるだけだ。だから、何かが起こるたびに、少しづずうごきつづけている。俺には自分に対する責任感が欠けている。自分の人生を自分に押し付け続ける覚悟がないままだ。

テンポラリのCカードを受け取り、トロピカルガーデンに。ション・プーチ、ステファン、クリスティナはすでに飲んでいた。仕事の話は明日することにして、俺も一緒に酒盛り。クリスティナとステファンは、明日の朝、ピピ島を離れることにした。今夜が最後の夜。たった3晩だけだが、ずっと彼らと一緒にいたような気がする。彼らとの出会いが今回の旅に生命を与えてくれた。ステファンはフランスで、空港の仕事に戻る。彼は見かけこそ遊び中心のようだが、仕事に誇りを持っているし、自分の人生に迷いはしないだろう。クリスティナはこれからスペインに行き、自分の道を切り開かなきゃならない。大変なっ子とだ。彼女の行動は尊敬に値する。2人は結婚するだろうか?クリスティナはその気があるようだ。ステファンは分からない。離婚経験のある彼は、何か少し慎重になっているところがあるようだ。彼らが上手くやっていけるような未来が待っていてほしい。少なくとも、それは彼らやティミの方にふさわしい。

深夜、トロピカル・ガーデンを出て、ビーチで散歩。最後の別れを惜しむ。彼らとまた会えるだろうか。俺がパリに行くか、彼らが東京に来れば、それはかなう。だけど今のおれらの生活にその機会が訪れる可能性は低いだろう。またここトロピカル・ガーデンで会うことが出きればいい。そんな未来があるといい。

9月19日 ピピ島

5日目:Tropical Garden Bungalow起きれた!しかもアラーとがなる1分前。今日はいいダイブができそうだ。
身支度して腹ごしらえにでるが、店はまだ開いていない。部屋に戻って残っていたマンゴーを食べる。
シーフロッグに行くと、レナもすでに来ていた。もう1人、アドバンスト・オープン・ウォーターコースを受けている女の子がまだ来ていないらしい。昨日の実習の時にレナが言っていた、ロッククライミングをやっている人だ。しばらく待ったが来ないので先に出発。
港へ行く途中にある別のダイビングショップで、今日ボートをシェアする人たちと合流する。10人ほどの同行になりそう。
昨日のクリスティナとステファンや、今日の同行など、ようやく寂しい旅から脱出できそうだ。
ロック・クライマーの子は結局来なかった。レナは呼びには行かず、おいていくことに。危なかった。寝坊してたらこうなってたのか。起きれたことに感謝。

ダイビングは素晴らしかった。中性浮力(neutral buoyant)を保つのに苦労したが、耳抜き(equalize)も問題なし。最高の浮遊感。いろんな魚やシャコ貝もいたが、感覚こそが最大の魅力だ。1本目は特に技術の復習などはなく、優雅にたゆたう。たまに他のチームと上下にすれ違ったりするが、彼らは少々苦労しているようで、足がばたついている。俺は大分ましな生徒のようだ。レナも手がかからず楽だと言ってたし、他のチームのインストラクターも初めてのコースだと聞くと驚いていた。
少々問題なのは決まり文句と中性浮力。バディチェックのBegin With Review And Friend (BCD, Weight, Release, Air, Final OK)と、ダイブ開始時のSORTED (Signal, Orientation, Regulator, Time, Equalize, Deflater)。どちらも俺には英語的にしっくりこず、思い出すのに苦労する。中性浮力の方は、ゆっくり深い呼吸の旅に上下するため、時々浮きすぎたり、逆に沈みすぎたり。BCDでコントロールしようと努力したり、呼吸の仕方をいろいろと工夫してみるが、そのたびに浮きすぎてしまう。
昼食後、ウェットスーツを脱いで、ボートの屋上から飛び込み。レナの言う通りボートの周りを2周泳ぎ、最後に10分間動きを止めてfloating。floatingは波が口に入り、苦しい。ダイビングよりずっと疲れた。しばらく休んだら今度は装備を調えて潜水。マスクに水を入れて吐き出したり、相手のAlternate Sourceから空気をもらう練習。さっさと終えてダイビング開始。今度は1度目より深く潜る。まだ9〜10m程度。今度のポイントの方が魚の種類が多い。ウツボやバラクーダ、小魚の群れに海ヘビ等々。最初のダイブが上手くいったので、今度はカメラを携帯。いろいろ水中写真を撮る。鼓膜のチューブから空気が逃げるので、鼻と右耳を押さえて耳抜きをする。両手で写真を撮りながら左手でBCDをコントロールし、右手と左手で耳抜きをしていると忙しくて、何でこんな忙しく動いているんだとあきれてくる。もうカメラはいいや。日本でチューブをとる手術をしてからにしよう。2度目のダイビングは最後にレナのAlternative Sourceを借りての浮上で終了。もうくたくた。宿に戻ってシャワーを浴び、一眠りして夕方の部、最後のお勉強に備える。

軽い食事。西瓜はやっぱり日本のやつの方が美味い。西瓜に限っては日本産のものより美味いものを食ったことがない。あれを輸出できたら絶対大人気だ。

勉強は大変だ。日本語なら簡単な問題なのに、Questionを読むだけで疲れる。体の疲れが残った状態ではギブアップしたくなってくる。なんとか終えて、荷物を宿に置き、トロピカル・ガーデンに。奥の方にあるバンガローの受付の前でステファンとクリスティナが宿の主人ション・プーチと酒を飲んでいた。静かでpeacefulな場所だ。他の宿の人も集まってきて、皆で酒盛り。前に泊まっていた日本人客がおいていった醤油とワサビで、レインボーフィッシュを刺し身にして食べる。醤油とワサビが1対1くらいの割合で、ツーンと来る。見るとそこら中で皆、鼻を抱えていた。ステファンとクリスティナは生魚を食べたことがなく、初めての挑戦。恐る恐ると食べている。ション・プーチは人を笑わせるのが上手で、気がついたらクリスティナの姉と俺の妹と従姉の3人に結婚の申し込みをしていた。
ステファンはルフトハンザ航空に務めており、会社がキープしているホテルを安く借りれる。そこがどんなに素晴らしいところかを力説していたが、ション・プーチはバンコクの高級ホテルで嫌な思いをしたことがあるようで、頑なに高級ホテルを拒絶する。自分のやっている宿への自負もあるのだろうお。ステファンも負けずに力説。こちらも自分の仕事の自負がかかっている。人はどこでも皆同じようなものだ。
俺がプログラマだということを知って、ション・プーチは頼みたいことがあるという。宿のリザベーション・システムか何かだろうか。こんないい宿のものなら手伝うのも面白そうだ。詳しい話は明日聞くことにして、今日のところは宿を出て、ステファン、クリスティナと散歩に。途中で酒を買い、ビーチで飲み直す。素晴らしい夜だ。星もよく見える。酒が無くなるとビーチ・バーに移動。ファイヤーダンスを観ながら一服。マイタイ。強い。結局、彼らに別れを告げて宿に戻ったのは2時過ぎ。明日も7時50分にシーフロッグに集合なのに。

9月18日 ピピ島

4日目:そして出会い/ステファンとクリスティナ昨日はビーチ・パーティの後、ゆっくり寝れた。身支度して朝食に。階段を下りるとヅーンがいた。葡萄をとられた。

今日は1日中ダイビング漬け。といっても講習。午前は2本ビデオを見てからテスト。結局、昨晩は重要だと言われていた15ページ分だけしかテキストを読んでいなかったが、ビデオでもテキストと同じ内容を見ていたので、何とかクリア。午後は2時間ビーチで実習。俺は鼓膜にチューブが通っているので、水泳用の耳栓をする上にちょっと変わった耳抜きが必要で、それが面倒だが他は問題なし。前に体験ダイビングをしたときにも感じたが、ダイビングは空を飛ぶ欲求に最もストレートに答えてくれる。早く、もっと深いところで潜りたい。夜はさらに2時間、お勉強があるとのこと。とりあえず宿に戻ってシャワーを浴びて一休み。夜の部が始まるまでにビューポイントに行ってこようか?でも、斜め向かいのタイ・マッサージ屋の娘の誘いがあまりに魅力的だ。

結局、ビューポイントはやめてマッサージ屋に。どうせ今から行っても暗くなるだろう。夕陽に背を向けてオイル・マッサージに。ピピ島では全島統一300バーツなり。いつも誘いをかけてくる娘は、なかなかかわいい。もう1人、さらにキレイな人がいるが、できるだけそちらには目が行かないように自制する。言われ無き自制な気もするが、まあそうした方が良いだろう。
どこから来たのか?の問いから、独身か?恋人は日本にいるのか?私も一緒に日本に行く、まで。
いつも同じような展開になるのは、いつも恋人がいないからだ。結婚してたり、恋人がいたらどう展開するのだろうか?

いつもなどと、他と比べて一般化してはダメだ。彼女にも失礼だし、旅も面白くなくなってしまう。一期一会。

ダイビング・スクール、夜の部は大変だった。テキストの内容をまとめたレビューテストだったが、読んでいないところを引っ張り回しては該当箇所を探す作業を1時間半。こんなに勉強らしい勉強は久しぶりだ。ちゃんと読んでおけば良かったと後悔したが、すぐに、今読んだ方がポイントを絞って読めたのだから良かったのだと自分を納得させる。
今日のコースはずっとマンツーマンだった(学科はずっとほっとかれたようなもんだけど)。
少々寂しいが、ま、その分気楽にやれたし、いいとしよう。明日はようやくダイビング。8時にシーフロッグ集合という難関が最後に立ちはだかる。「もし寝坊して、私にホテルまでノックしに行かせでもしたら怖いよ」とイストラクターのレナに脅された。

夕食は、近くのレストランでタイ風のオムライス。タイの食事には違和感がない。日本のタイ・レストランとほとんど味に違いがないからだ。1つだけ違和感があったのは、今朝食べたロティ。ランカウイで食べたものと同じものを期待していたら、全く別物だった。

夜はサンフラワー・ビーチ・バーへ。ロ・ダナム・ビーチ側にある本物のレゲエバー。バーの全体が船を模しており、木製の座席がさまざまな高さに配置されている。
そこでずっとフランスから来たカップルと飲むことに。ステファンとクリスティナ。ステファンは黒人系の混血で、ドレッドヘアのハンサム。クリスティナはブロンドに青眼の、蚊によく好かれる美人。彼女は大学を終えたら、teacherの経験を積むためにスペインで2年ほど働くつもりだ。フランスでは未経験のteacherが働ける枠はないらしい。
ステファンは仕事柄、英語が達者。クリスティナはスペイン語が得意らしいが、英語は言葉を探しながら話す。明日は早いのに、夜更け過ぎまで飲んでしまった。
明日の再会を約して、寝に戻る。明日は彼らのバンガローで飲み明かすことに。もう明日は起きれない……。レナが怖い……。

9月17日 ピピ島

3日目:ビーチ・パーティ昨晩は蚊に悩まされて眠れなかった。朝の5時頃まで蚊と格闘し、いつのまにか意識を失っていた。これはちょっと堪え難い。蚊帳を吊っているヤツがいたが、俺もそうするか、もしくは別の宿を探したほうが良さそうだ。

さっそく別の宿を探す。男女共同のドミトリーに泊まっていた女の子の下着姿は惜しいが、蚊とはもう戦いたくない。
ちょうど近くに同じ系列のホテル Tara In が1泊300バーツ〜400バーツで部屋を貸していた。見てみると、400バーツの方は新しくてとてもきれい。シャワーがHotでないのは雨が続くと辛いかもしれないが、それ以外は文句なし。他では6〜700バーツクラス。300バーツの方も広いし、特に文句はない。しいてあげればトイレが手桶なくらいか。しかし、他を見ているうちに400バーツの方は埋まってしまい、結局300バーツの方を借りた。400バーツの部屋が空いたら移ることにする。

昼飯はバナナパンケーキ、ポテトパンケーキと西瓜のシェイク。パンケーキが美味い!

今日は時折小雨がぱらつくもののほとんど濡れる心配をしなくてよい程度。空は曇って青空は見えないが、空気はだんだんと暑くなってきた。
ビーチも完全にではないが、にぎわいを取り戻してきたようだ。
海辺に出ると、何人かの男が近寄ってくる。「ナイスヘア」の言葉の次には、「お前は吸わないのか?」と言いながら、ふところのものをちらりと見せてくる。タイでは売人が自分で売っておきながらそれを警察に密告する、と地球の歩き方に書いてあった。こんなところではそうでもないだろうとは思うが、昨日ほっつき歩いていたときに見かけたポリスステーションが頭にちらつく。

午後は本格的にスキューバダイビングのコースを探す。日本で調べた限りでは、日本人が経営するダイビングショップが1軒、日本人スタッフが常駐するショップが2軒あるはず。実際に探してみると、日本人が経営するショップはメインストリートから離れた安宿の並ぶ辺りにあり、こじんまりとしている。日本人スタッフのいるというショップは、どう見ても金髪しかいない。アサキに命にかかわるぞと、さんざん脅されていたので少々悩んだが、結局ピピ・シーフロッグという、イギリス人が経営するショップが英語で開いているコースを受けることにした。受付はドイツ人で聞き取りやすい英語だったので一安心。ビデオを見た後、夜の間に読んでこいと渡されたテキストは、びっしり文字で詰まった260ページの分厚い英語本だった。……失敗した。せめて日本語のテキストがあるところを探すんだった……。今夜はビーチ・パーティがあるのにどうすんだ、これ?

そういえば、日本人を好きなおばあさんが腕輪をくれた。昨日、菓子をくれた人だ。あれは勧誘じゃなかったのか。多分、昔、日本人の彼がいて結婚の約束をしていたが、男の方は日本に戻って、そこでの生活に彼女を忘れた。それでも裏切りを信じたくない彼女は、いつまでも甘い思い出として胸に抱え、彼が帰ってくるのを待ち続けているのだ……、というありきたりな話が目に浮かぶ。俺モ大分スレテシマッタナ、と嘆息する。

ヅーンと言う名の小さな女の子。手を握って崖の中腹にある部屋まで上るのが好き。下りようとすると駄々をこねて泣き出す。

タイ語だけで買い物に成功。「これいくら?」「10バーツ」「ありがとう」だけの簡単なものだが、いい感じ。

食事をしていると、斜め向かいのタイ・マッサージ屋の女の人がちらちらとこちらを見ては、目が合うと笑って手を振ってくる。昨日と同じ。

9月16日 プーケット

2日目:ピピ島へのフェリー7時10分起床。
今朝も寒い。昨晩は雨のせいかと思ったが、今朝も東京より寒い。どうしたことか?

朝食代わりに葡萄を食べながら港に向かう。ピピ島行き8時30分のフェリーに乗るためだ。昨日は空港を出てから日本人を見かけなかったが、さすがにちらほらいるようだ。
フェリーに乗り、太陽が昇ってくると、いきなり暑くなった。こういうことか。
ほおに受ける風はまだ肌寒い。空気が暖められるより先に人間が暖められる国なのだ。

フェリーは強く横揺れしている。
屋上ではスペイン系の人たちが歌い騒いでいたが、しばらくして船員の誘導で下に降りていった。屋上に人が多すぎてバランスが悪いらしい。「あと10分で波が強くなる」という船員の声が聞こえる。1週間前に60人乗りのフェリーがこの辺で沈没しているためか、多少緊張が見られる。沈没したとき、彼らもこうして踊り騒いでいたのだろうか。

ピピ島でさっそく宿を探す。ザ・ロック・バックパッカーズのドミトリーで1泊100バーツ。16ベッドだが、今日は2人しかいない。
辺りを散策。あいにくの雨。ビーチが見つからない。

雨。というか、土砂降り。5日間降り続いているらしい。あと2日は降るだろうとのこと。モンスーンの雨は少し台風のようで心が騒ぐ。
ここでもやはり俺の髪は目立つようだ。道行く人が声をかけてくる。おばあさんにお菓子をもらった。雨宿りしていけと誘ってくれたが、そこはタトゥ屋。丁重に辞退。
ビーチは思ったよりも近くに見つかった。雨が止んだら行ってみよう。この雨は1日中続くのだろうか?

肩掛けのバッグ(200バーツ)、レインコート(200バーツ)、ナイフ(25バーツ)を購入。どれも宿代と比べると高く感じる。

また雨が強くなってきた。遠く雷鳴が聞こえるのは気のせいか?


今日は1日中、レインコート片手にほっつきまわった。繁華街はそれほど大きくなく、何周も何周も歩き、ようやく土地勘を得た。カフェバー、レストラン、タイマッサージ屋、ダイビング・ショップ、ツーリストインフォメーション、インターネットカフェ。
いろんな店にビリヤード用のプールがある。無料でできる所、有料のきちんとしたプールがある所、それにコスタリカで見たようなビーチ沿いのプール。
面白い飲み屋はビーチ沿いにあるようだ。だけど雨降りの中では遠慮したいところ。

日がな一日歩き回り、たまに店でコーヒー片手に読書。日本〜クアラルンプール〜プーケットのフライト中に機内食を2度食って以来、食事のタイミングがずれたままだ。夜になって、レストランに食材がおいしそうに並ぶ頃、俺の腹はとっくに満たされていた。
明日はもっと食事の時間を調整しよう。そう決意して、今日のところはバーに入る。大画面でセリエAがやっている。レゲエ・スポーツバー。訳が分からぬまま酒を頼むと、カクテルがバケツに入ってやってきた。しかも飲み終えたらさらにもう1杯分あるらしい。2 for 1 Bucketってこういうことか……。

9月15日 成田

旅は慌ただしく始まる9時55分、ようやく搭乗までの5分、休息の時を得た。

昨日、目覚ましも用をなさず1時半に起きたときには、今日は徹夜しないと乗り遅れるだろうなと危惧していた。そこで今夜はたまっているU-17 WCのビデオでも見て夜を明かし、6時39分江戸川橋駅発の有楽町線に乗ろう、と思っていたはずが、現実の俺は、なぜか6時10分、ようやく半蔵門で仕事を終えていた。自転車を飛ばして帰り、どうにか間に合ったものの、今度は成田までの2時間、満席の電車で立ち尽くす。それでも空港で最後の仕事メールを送信し、ようやく旅が始まった。

さて、出発の時間だ。

16時45分 クアラルンプール

乗り換えのため、クアラルンプール空港に。
久しぶりのマレーシア。トイレに入ると手洗い式の手洗。肛門の感触を思い出す。

21時 プーケット

空港から40分ほどで町に着いた。
安宿を見つけ、とりあえず一安心。強い雨が降ったり止んだりしていたが、機を見て街に出る。ぶらぶらしていると、面白そうな場所に出た。ナイトマーケットのようだが、売っているのは食材ばかり。マンゴーと葡萄を購入。次はナイフを見つけてなくては。
明らかにタイな人がやっている中華風の茶屋で一服。
これからどうしようか?
パトゥンビーチの方が賑やからしいが、行ってみるか?
しかし、本当に英語が伝わらない。とりあえず、サワディカップ(今日は/さようなら)だけ覚えた。

  • ミニバス(空港→プーケットタウン)100バーツ
  • オンオンホテル 250バーツ
  • マンゴー 12バーツ
  • 葡萄 18バーツ
  • ブラックティー 65バーツ
  • RoundTrip Chicket Baoat to Phi Phi 700バーツ
  • 両替 1万円=2921バーツ

2007/06/19

脳内イメージ

うそこメーカー
hisabohの脳内イメージ
うそこメーカー
ひさしの脳内イメージ

2007/06/17

zshの設定

漢のzshより
# users generic .zshrc file for zsh(1)

## Environment variable configuration
#
# LANG
#
export LANG=ja_JP.UTF-8

## Default shell configuration
#
# set prompt
#
autoload colors
colors
case ${UID} in
0)
PROMPT="%B%{${fg[red]}%}%/#%{${reset_color}%}%b "
PROMPT2="%B%{${fg[red]}%}%_#%{${reset_color}%}%b "
SPROMPT="%B%{${fg[red]}%}%r is correct? [n,y,a,e]:%{${reset_color}%}%b "
[ -n "${REMOTEHOST}${SSH_CONNECTION}" ] &&
PROMPT="%{${fg[white]}%}${HOST%%.*} ${PROMPT}"
;;
*)
PROMPT="%{${fg[red]}%}%/%%%{${reset_color}%} "
PROMPT2="%{${fg[red]}%}%_%%%{${reset_color}%} "
SPROMPT="%{${fg[red]}%}%r is correct? [n,y,a,e]:%{${reset_color}%} "
[ -n "${REMOTEHOST}${SSH_CONNECTION}" ] &&
PROMPT="%{${fg[white]}%}${HOST%%.*} ${PROMPT}"
;;
esac

# auto change directory
#
setopt auto_cd

# auto directory pushd that you can get dirs list by cd -[tab]
#
setopt auto_pushd

# command correct edition before each completion attempt
#
setopt correct

# compacked complete list display
#
setopt list_packed

# no remove postfix slash of command line
#
setopt noautoremoveslash

# no beep sound when complete list displayed
#
setopt nolistbeep

## Keybind configuration
#
# emacs like keybind (e.x. Ctrl-a goes to head of a line and Ctrl-e goes
# to end of it)
#
bindkey -e

# historical backward/forward search with linehead string binded to ^P/^N
#
autoload history-search-end
zle -N history-beginning-search-backward-end history-search-end
zle -N history-beginning-search-forward-end history-search-end
bindkey "^p" history-beginning-search-backward-end
bindkey "^n" history-beginning-search-forward-end
bindkey "\\ep" history-beginning-search-backward-end
bindkey "\\en" history-beginning-search-forward-end

## Command history configuration
#
HISTFILE=~/.zsh_history
HISTSIZE=10000
SAVEHIST=10000
setopt hist_ignore_dups # ignore duplication command history list
setopt share_history # share command history data

## Completion configuration
#
autoload -U compinit
compinit

autoload predict-on
predict-on

## Alias configuration
#
# expand aliases before completing
#
setopt complete_aliases # aliased ls needs if file/dir completions work

alias where="command -v"
alias j="jobs -l"

case "${OSTYPE}" in
freebsd*|darwin*)
alias ls="ls -G -w"
;;
linux*)
alias ls="ls --color"
;;
esac

alias la="ls -a"
alias lf="ls -F"
alias ll="ls -l"

alias du="du -h"
alias df="df -h"

alias su="su -l"

## terminal configuration
#
unset LSCOLORS
case "${TERM}" in
xterm)
export TERM=xterm-color
;;
kterm)
export TERM=kterm-color
# set BackSpace control character
stty erase
;;
cons25)
unset LANG
export LSCOLORS=ExFxCxdxBxegedabagacad
export LS_COLORS='di=01;34:ln=01;35:so=01;32:ex=01;31:bd=46;34:cd=43;34:su=41;30:sg=46;30:tw=42;30:ow=43;30'
zstyle ':completion:*' list-colors \
'di=;34;1' 'ln=;35;1' 'so=;32;1' 'ex=31;1' 'bd=46;34' 'cd=43;34'
;;
esac

# set terminal title including current directory
#
case "${TERM}" in
kterm*|xterm*)
precmd() {
echo -ne "\033]0;${USER}@${HOST%%.*}:${PWD}\007"
}
export LSCOLORS=exfxcxdxbxegedabagacad
export LS_COLORS='di=34:ln=35:so=32:pi=33:ex=31:bd=46;34:cd=43;34:su=41;30:sg=46;30:tw=42;30:ow=43;30'
zstyle ':completion:*' list-colors \
'di=34' 'ln=35' 'so=32' 'ex=31' 'bd=46;34' 'cd=43;34'
;;
esac

## load user .zshrc configuration file
#
[ -f ~/.zshrc.mine ] && source ~/.zshrc.mine

2007/06/15

窓使いの憂鬱 Parallels用設定

109mac.mayuからIME変換部分のみを抜き出したもの。
最近のParallelsはCtrlとCmd(Windows上ではWin)キーを入れ替えられるので、
IME変換部分だけを残して使っている。

下記の設定を適当なテキストファイル(109macとか)に保存し、C:¥Program Files¥mayuに保存。窓使いの憂鬱の設定画面からこのファイルを指定して追加すればよい。


include "109.mayu" # 109 キーボード設定


keymap Global #(こうやって

key U-変換 = ひらがな ひらがな #ひらがな

key IL-U-変換 = ひらがな ひらがな #ひらがな(IME オン時)

key IC-U-変換 = Return ひらがな ひらがな #ひらがな(IME オン時-変換中)

key S-U-変換 = 半角/全角 ひらがな 無変換 #カタカナ
key IL-S-U-変換 = ひらがな 無変換 #カタカナ(IME オン時)

key IC-S-U-変換 = Return ひらがな 無変換 #カタカナ(IME オン時-変換中)

key U-無変換 = 半角/全角 半角/全角 #英数

key IL-U-無変換 = 半角/全角 #英数(IME オン時)

key IC-U-無変換 = Return 半角/全角 #英数(IME オン時-変換中)

2007/06/10

UNOでUIを統一

UNO_screenshotOS Xの基本UIの見た目はMetalやAqua、Aquaの進化系にiLife系のものなどが入り乱れている。そろそろいい加減、初期のAqua系がなくなってくれないかと思っていたら、こんなアプリを見つけた。

UNO
UIの見た目を一つ(UNO)に統一してくれる。
Aqua/Metalをそれぞれ設定できるので、好みで分けることもできる。
上の設定では、さらにiTunesだけは元のルックを使うよう設定してある。

現在のバージョン(1.5.1)では、OS Xの言語環境を英語にしないとUNOの適用ができなかった。また、UNOを適用するとiTunes(7.2)のライブラリがいっさい見えなくなってしまう。UNOをアンインストールしても、ライブラリが見えない状態は直らないので注意。一度iTunesをアンインストールして、再インストールすると直る。再インストールすればUNOを適用したままでもOK。

少々手間がかかるが、手間をかけるだけの価値はあった。
一つだけ残念なのは、俺が最も好きなルックがiLife系であること。iLife系への変更も対応してくれると最高なのだが。

2007/06/05

中学の廊下でよくやったこと

こすりあげるとカーブがかかる。



Click to Play!

2007/04/15

2007/02/20

PostgreSQLインストールメモ

scorn:~ hisaboh$ port search postgresql
postgresql databases/postgresql 7.4.12 The most advanced open-source database available anywhere
postgresql7 databases/postgresql7 7.4.16 The most advanced open-source database available anywhere
postgresql80 databases/postgresql8 8.0.11 The most advanced open-source database available anywhere
postgresql81 databases/postgresql81 8.1.8 The most advanced open-source database available anywhere
postgresql81-doc databases/postgresql81-doc 8.1.8 Documentation for the postgresql database
postgresql81-server databases/postgresql81-server 8.1.8 run postgresql81 as server
postgresql82 databases/postgresql82 8.2.3 The most advanced open-source database available anywhere
postgresql82-doc databases/postgresql82-doc 8.2.3 Documentation for the postgresql database
postgresql82-server databases/postgresql82-server 8.2.3 run postgresql82 as server
postgresql_autodoc databases/postgresql_autodoc 1.25 Automatic documentation generator for postgresql databases
postgresql-jdbc java/postgresql-jdbc 8.0-311 PostgreSQL JDBC driver
py-postgresql-exception python/py-postgresql-exception 0.2 exceptions for the py-postgresql modules
py-postgresql-greentrunk python/py-postgresql-greentrunk 0.1 greentrunk interface to postgresql
py-postgresql-layout python/py-postgresql-layout 0.3 layout for the py-postgresql modules
py-postgresql-pqueue python/py-postgresql-pqueue 0.1 pure python implementation of the pq protocol
py-postgresql-proboscis python/py-postgresql-proboscis 0.1 postgresql database connector in pure python
scorn:~ hisaboh$ port variants postgresql82
postgresql82 has the variants:
python
krb5
perl
darwin_8
scorn:~ hisaboh$ sudo port install postgresql82 +python +perl
Password:
---> Fetching m4
---> Attempting to fetch m4-1.4.4.tar.bz2 from ftp://ftp.gnu.org/gnu/m4
---> Verifying checksum(s) for m4
---> Extracting m4
---> Configuring m4
---> Building m4 with target all
---> Staging m4 into destroot
---> Installing m4 1.4.4_0
---> Activating m4 1.4.4_0
---> Cleaning m4
---> Fetching bison
---> Attempting to fetch bison-2.3.tar.bz2 from ftp://ftp.gnu.org/gnu/bison
---> Verifying checksum(s) for bison
---> Extracting bison
---> Configuring bison
---> Building bison with target all
---> Staging bison into destroot
---> Installing bison 2.3_0
---> Activating bison 2.3_0
---> Cleaning bison
---> Fetching postgresql82
---> Attempting to fetch postgresql-base-8.2.3.tar.bz2 from ftp://ftp2.ch.postgresql.org/mirror/postgresql/source/v8.2.3
---> Attempting to fetch postgresql-opt-8.2.3.tar.bz2 from ftp://ftp2.ch.postgresql.org/mirror/postgresql/source/v8.2.3
---> Attempting to fetch postgresql-test-8.2.3.tar.bz2 from ftp://ftp2.ch.postgresql.org/mirror/postgresql/source/v8.2.3
---> Verifying checksum(s) for postgresql82
---> Extracting postgresql82
---> Configuring postgresql82
---> Building postgresql82
---> Staging postgresql82 into destroot
---> Installing postgresql82 8.2.3_0+darwin_8+perl+python

To use the postgresql server, install the postgresql82-server port
---> Activating postgresql82 8.2.3_0+darwin_8+perl+python
---> Cleaning postgresql82
scorn:~ hisaboh$ port variants postgresql82-server
postgresql82-server has no variants
scorn:~ hisaboh$ sudo port install postgresql82-server
Password:
---> Fetching postgresql82-server
---> Verifying checksum(s) for postgresql82-server
---> Extracting postgresql82-server
---> Configuring postgresql82-server
---> Building postgresql82-server with target all
---> Staging postgresql82-server into destroot
---> Creating launchd control script
###########################################################
# A startup item has been generated that will aid in
# starting postgresql82-server with launchd. It is disabled
# by default. Execute the following command to start it,
# and to cause it to launch at startup:
#
# sudo launchctl load -w /Library/LaunchDaemons/org.macports.postgresql82-server.plist
###########################################################
---> Installing postgresql82-server 8.2.3_0

To create a database instance, after install do
sudo mkdir -p /opt/local/var/db/postgresql82/defaultdb
sudo chown postgres:postgres /opt/local/var/db/postgresql82/defaultdb
sudo su postgres -c '/opt/local/lib/postgresql82/bin/initdb -D /opt/local/var/db/postgresql82/defaultdb'

To tweak your DBMS, consider increasing kern.sysv.shmmax by adding an increased kern.sysv.shmmax .. to /etc/sysctl.conf
---> Activating postgresql82-server 8.2.3_0
---> Cleaning postgresql82-server
scorn:~ hisaboh$

2007/02/19

MacPortsの継続的なアップデート

$ sudo port selfupdate
$ port outdated
$ sudo port upgrade outdated


MacPorts パッケージの継続的なアップデート方法

2007/02/13

rhaco版WorkStyle1.0リリース

PHPのフレームワークrhacoによる WorkStyle実装をリリースしました。
本当は11日に出していましたが、今日rhaco1.0.1が出たので晴れて利用可能になりました。

http://workstyle.yher.org/

今回はデモがあるので試してみてください。
http://workstyle.yher.org/demo/

バグや要望があったら、こちらにどうぞ。
http://task.yher.org/

2007/02/09

.htaccess Editor

各設定を行うことにより.htaccessを動的に作成するエディタ。
ベーシック認証用の.passwdも作成してくれる。
便利!

http://www.htaccesseditor.com/

2007/01/31

PHP勉強会

PHP勉強会で、rhacoバージョンのWorkStyleの話をしてきた。
PHP自体が好きかと言われると微妙だけど、rhaco自体はなかなかいい感じ。
Javaにも早くGenericViewを取り入れねば。


発表資料:workstyle-rhaco.pdf

2007/01/23

Oracleのよくわからないチューニング

Oracle上のIN句を使っているSQLで、実行計画がIN句の引数毎に実行計画が枝分かれしてしまっている場合、ANALYZEコマンドで実行計画が改善されることがある。

-- 表の全データのうちの10%を使用して、統計情報を作成
ANALYZE TABLE テーブル名 ESTIMATE STATISTICS SAMPLE 10 PERCENT;

-- 表の全データを使用して統計情報を作成(時間がかかります)
ANALYZE TABLE テーブル名 COMPUTE STATISTICS;

-- 表の統計情報を削除する
ANALYZE TABLE テーブル名 DELETE STATISTICS;

株式会社エスロジカル

INDEXのANALYZEもある。
ANALYZE INDEX インデックス名 VALIDATE STRUCTURE

あー、でもなんで改善するのかよくわかんね。

2007/01/22

WorkStyle 1.0b

WorkStyleのversion1.0bをリリースしました。
主な変更内容は

  • タスク一覧に全件表示機能を追加。
  • Groovyを1.0に更新。
  • 細かい修正
です。

Groovyは1.0にアップデートしたけれど、
正直なところEclipseのGroovyプラグインがまだまだ完成度が低い状態なので気持ちよく開発できる状態ではないため、全部Javaに戻してしまおうかどうか思案中。
ちなみに、不満に思っているのは下記の点。
  • ソース補完がまだまだ
  • リファクタリング機能がない
  • デバッグ時、ステップ実行に入れない
  • Groovyプラグインのコンパイルまわりがまだあるべき姿を模索中な感じ
ソースがシンプルになるのは嬉しいんだけどなぁ。
JavaがGroovyの文法で書けるようにならないだろうか。
型推論とクロージャさえ導入すればなんとかなる気がするんだが。

Subversionから変更ログを取得する方法

Subversionでは日本語で変更コメントを書いている場合、UTF8に変換され保存される。
日本語コメントを含むSubversionのログをMac OS Xで取得する方法は下記の通り。
# export LANG=ja_JP.utf-8
# svn log http://workstyle.svn.sourceforge.net/svnroot/workstyle/workstyle/trunk
リビジョンを指定したい場合は
# svn log -r 140:154 http://workstyle.svn.sourceforge.net/svnroot/workstyle/workstyle/trunk

2007/01/21

WorkStyleモックアップ更新

WorkStyleのモックアップversion 1.2.3をリリースしました。
今回からはリリースの場所をsourceforge.netに変更たので注意してください。
既にソースはsourceforge.netのsubversionを使って管理していましたが、これでリリースも同一箇所にまとめたことになります。

今回の変更内容は以下の通り。

  • タスク一覧に全件表示機能を追加
  • Ajax Pagesが余計なファイルをロードしようとしてしまうバグを修正

2007/01/15

アルミの船を空中に浮かべる方法


空気より重く、アルミより軽い気体を使えば良い。
水より重い気体があれば、「天空の城ラピュタ」のように空中に湖を作ることもできるだろう。

--
追記:
間違えた。アルミより軽い必要はない。

2007/01/14

iPhoneは携帯電話じゃない、ケータイだ

iPhoneの一番の特徴は電話機能があることだ。
ただし、iPhoneは電話をベースに+αしていく形で作られたものではない。
スティーブ・ジョブズがMacworld SF 2007のキーノートで「killer app is making calls」と言ったのは電話であることがiPhoneの必須条件ではなかったからだ。
電話機能はiPodやメール、ブラウザと同レベルのアプリの一つにすぎず、もっと言えばGoogleマップやカレンダーなんかとも同レベルの機能にすぎない。
キーノートでのプレゼンの順番がiPod→Phone→Internetだったのも、iPhoneが電話である、という印象を少しでも薄めるためだ。一番目では残りがおまけに見えてしまうし、三番目では真打ちになってしまう。Phoneに特異な位を与えずにすむのは二番目だけだ。
iPhoneの特徴を三つにまとめたことにキリスト教の三位一体が影響を与えているのは間違いないが(少なくとも欧米における全ての三という数字に影響を与えているからね)、父と子と聖霊が全て同格であることから電話機能の特異性の軽減を期待しただろうと推測したり、三位一体である神を人間に伝えたのが二番目に配置されている子であるキリストであることからPhoneにジョブズが何を期待しているかを推定したりするのは、端的に言って、ただの考え過ぎだ。

そこまでしてジョブズがPhoneの特異性をなくしたかったのはなぜか?
それは実在するiPhoneではなく、可能性としてのiPhoneを伝えたかったからだ。
何か新しいモノを作るということには、二つのレベルがある。
一つは、 潜在的なモノを現実的なモノにすること。もう一つは可能的なモノを実在するモノにすること(※1)。前者は現実を広げ、後者は実在を広げる。今回Macworldで発表されたiPhone自体は、UI(機能も含めての意味でのUI)が圧倒的に好みであることを覗けば、例えばX01HTのようなスマートフォンやiPod、ZaurusなどのようなPDAと比べてどの程度実在世界を広げたかというと、それほどたいしたことはない。単にスーパースマートで超かっこいいだけだ。それだけでもアメリカ移住したくなるほどだけど。
だけどそれでも、それはiPhoneが広げた現実ほどにはたいしたことがない。
iPhoneは「モバイルなインターネットと電話網に接続することができる情報機器」である。携帯電話はこの定義の可能性の一つでしかないし、PDAも同様だ。この原点まで戻ることによって分かるのは、iPhoneが電話網を再発見したということである。電話機と電話網は常に一体だったため、これまでは電話機の可能性が電話網の可能性だった。iPhoneとほとんど同じ機能を持つスマートフォンも結局のところ電話機の+αとしてPDAがついたものである以上、電話網の可能性を広げることはなかった。だが、電話機でないiPhoneには、電話網を新しい未知のネットワークとして見ることができる。だからこそ、iPhoneは電話を再発明しなくてはならなかった。いまとなっては電話網はもはや電話にしか使われないものではない。まだない何かによって使われうるネットワークなのだ。まだ今は何ができるかも分からないし、実際にはほんの小さな可能性かもしれない。だけども、電話網は例えばhttpほど可能性を酷使されてきただろうか?人間に対して音声を送るプロトコルとしては使われてきたけど、人間以外のものにはどの程度送られている?音声の可能性はどの程度掘り下げられてきた?などと、ぱっと思いつくだけでも結構な広がりがありそうだ。
また、インターネットと電話網というネットワーク同士を接続する機器としての可能性もある。キーノートではGoogleマップから電話網へのハイパーリンクをデモしていたが、他にも道はあるだろう。今回、iPhoneにVoIPが載っていないことをいぶかしむ人もいたが、例えばSkypeがインターネットの世界から、サーバ(の裏の電話網への接続機器)を通してようやく電話網に出られるのに比べて、iPhoneは直接電話網につながっている。わざわざそんな遠回りをすることにどれだけの優先度があるだろうか?それよりは例えばPhoneからは電話網もVoIPや音声チャットも同一に扱えるようなアプリを考えた方がよかないか?キーノートでは個別にかけられた二回線の通話をつなげることで三者通話に移行するデモをしていたが、別に三者とも電話である必要はない。ちなみについでに言っておけば、Life is beautifulが出した問題

ここで問題である、アップルはいったい全体、なんでiPhoneを使って直接iTune Music Storeから購入できるようにしなかったのだろうか?

 ジョブズは、自分が「これは絶対に必要」と思った機能を落とすようなことはしない。つまりこれは、「iPhoneからのコンテンツの直接購入」と いう機能を、ジョブズが(1)そもそも必要ない、と感じたか、(2)あった方が良い機能だがプライオリティは低い、と考えたという証拠である。
に対して、「Macを母体としたエコシステムに組み込みたいと考えているから」と考えている人が結構いたが、その人たちはジョブズがなんでApple Computer Inc.をApple Inc.にしたと考えているのだろうか?もうComputer中心じゃないよと社名を変えてまで宣言しているというのに。

※1 潜在的←→現実的、可能的←→実在的。二つの軸は直行する。つまり潜在的で可能的なもの、潜在的で実在的なもの、現実的で可能的なもの、現実的で実在的なものがある。詳しくは「分裂分析的地図作成法」参照。「存在論的、郵便的—ジャック・デリダについて」の解説の方が分かりやすい。というか分裂分析的地図作成法はちゃんと読み切れてない…。